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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(オ)379号 判決

上告人・附帯被上告人

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

玉田勝也

外七名

被上告人・附帯上告人

浅井正

右訴訟代理人弁護士

別紙代理人目録記載のとおり

主文

本件上告を棄却する。

本件附帯上告を却下する。

上告費用は上告人の、附帯上告費用は附帯上告人の各負担とする。

理由

上告代理人柳川俊一、同篠原一幸、同小野拓美、同石井宏治、同奥山時和、同安間雅夫、同木田正喜、同田村哲男、同中島正男の上告理由について

一弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と被疑者との接見交通権が憲法上の保障に由来するものであることにかんがみれば、刑訴法三九条三項の規定による捜査機関のする接見又は書類若しくは物の授受の日時、場所及び時間の指定は、あくまで必要やむを得ない例外的措置であって、これにより被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することが許されないことはいうまでもない。したがって、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、これを認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできるかぎり速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採るべきである。(最高裁昭和四九年(オ)第一〇八八号同五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八二〇頁)。

そして、右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合には、捜査機関が、弁護人等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含むものと解すべきである。

右のように、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは捜査機関の現在の取調べ等の進行に支障が生じたり又は間近い時に確実に予定している取調べ等の開始が妨げられるおそれがあることが判明した場合には、捜査機関は、直ちに接見等を認めることなく、弁護人等と協議のうえ、右取調べ等の終了予定後における接見等の日時等を指定することができるのであるが、その場合でも、弁護人等ができるだけ速やかに接見等を開始することができ、かつ、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるように配慮すべきである。そのため、弁護人等から接見等の申出を受けた捜査機関は、直ちに、当該被疑者について申出時において現に実施している取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認して具体的指定要件の存否を判断し、右合理的な接見等の時間との関連で、弁護人等の申出の日時等を認めることができないときは、改めて接見等の日時等を指定してこれを弁護人等に告知する義務があるというべきである。そして、捜査機関が右日時等を指定する際いかなる方法を採るかは、その合理的裁量にゆだねられているものと解すべきであるから、電話などの口頭による指定をすることはもちろん、弁護人等に対する書面(いわゆる接見指定書)の交付による方法も許されるものというべきであるが、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときには、それは違法なものとして許されないことはいうまでもない。

二これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係は次のとおりである。

1  被上告人は名古屋市内に事務所を有する弁護士であるが、昭和四八年一〇月四日早朝魚津市に向かい、午後零時四〇分ころ魚津警察署に赴き、勾留中の被疑者との接見及び物(小六法、週刊誌各一冊)の授受の申出をしたところ、これを受けた担当警察官は、接見指定書の有無を尋ねて被上告人がそれを持参していないことを確認した後、富山地方検察庁の検察官Kに電話をしてその措置につき指示を求めた。

2  右の電話を受けた同検察官は、同警察官に対し、「接見の指定は指定書を交付してすることになっているから、指定書を取りに来るように伝えてほしい。物の差入れについては、今受け取る必要がないが、弁護人が納得しない場合には、裁判所の接見禁止決定の取消決定が必要である。ともかく指定書を取りに来るように伝えてほしい。」旨を指示したため、同警察官は、被上告人に対し、同検察官の指示として、「富山地方検察庁のK検事から指定書の交付を受け、これを持参しない限り接見させるわけにはいかない。物の差入れについては、裁判所の接見禁止決定の解除決定を受けない限り受領できない。」旨を伝えた。

3  これに対して、被上告人は、同警察官に対し、物の授受不許については法の誤解であって不当である旨、接見指定書の持参要求については、魚津警察署から富山地方検察庁までは往復二時間以上もかかるのであるから、現に取調べを行っていないのであれば指定書なしで会わせるべきである旨再度申し入れたが、同警察官は検察官の指示であるとして、これに応じなかった。その後、同警察官との間に押し問答があったが、結局、被上告人は、同日午後一時すぎころ、同警察署を退去した。

4  被上告人が被疑者との接見等の申出をした際、同警察署においては、同日昼すぎころ(前後の事実関係から、午後一時すぎであることは明らかである。)から当該被疑者の取調べが予定されていたが、現に取調中ではなかった。取調担当官は、被上告人がやがて指定書を持参して再び接見に来署することを予想して、取調べの中断は好ましくないとの判断の下に、被疑者の取調べを見合わせて待機し、結局、当日は終日取調べを行うことはなかった。

右事実によると、被上告人が午後零時四〇分ころ接見等の申出をした際、既に午後一時すぎころから当該被疑者の取調べが予定されていたところ、結果的に当日は終日右取調べが行われなかったが、その主な理由は被上告人の接見にともなう取調べの中断を避けることにあったというのであるから、右接見等の申出時において、それから間近い時に取調べが確実に予定されていたものと評価することができ、したがって、被上告人の接見等を認めると右の取調べに影響し、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるといえないわけでなく、K検察官が接見等の日時等を指定する要件が存在するものとして被上告人に対し右の日時等を指定しようとした点はそれ自体違法と断定することができない。

しかしながら、K検察官は、魚津警察署の警察官から電話による指示を求められた際、同警察官に被上告人側の希望する接見等の日時等を聴取させるなどして同人との時間調整の必要を判断し、また必要と判断したときでも弁護人等の迅速かつ円滑な接見交通を害しないような方法により接見等の日時等を指定する義務があるところ、こうした点で被上告人と協議する姿勢を示すことなく、ただ一方的に、当時往復に約二時間を要するほど離れている富山地方検察庁に接見指定書を取りに来させてほしい旨を伝言して右接見等の日時等を指定しようとせず、かつ、刑訴法三九条一項により弁護人等に認められている被疑者に対する物の授受について裁判所の接見禁止決定の解除決定を得ない限り認められないとしたものであるから、同検察官の措置は、その指定の方法等において著しく合理性を欠く違法なものであり、これが捜査機関として遵守すべき注意義務に違反するものとして、同検察官に過失があることは明らかである。もっとも、原審の確定した事実によれば、被上告人は、本件接見等の申出前に担当検察官に連絡をとったわけではなく、同検察官の勤務場所から遠く離れた警察署に直接出向いて接見等を申し出たものであり、しかも同警察署において、警察電話による担当検察官との折衝の機会を与えられながらこれに応じなかった等の事情があるというのであるから、こうした諸事情をも考慮すると、被上告人にも弁護人としての対応にいささか欠けるところがあったのではないかと考えられるので、そのことが弁護人の接見等を求める権利の実現を遅れさせる一因であったことも否定し得ないのであるが、これが、被上告人の被侵害利益に対する慰謝料算定の際の一事情になり得るのは格別、右の検察官の過失責任を免ずる事由にはなり得ないというべきである。

そうすると、K検察官の被上告人に対する被疑者との接見等申出拒否の処分はその職務を行うについてされた違法行為であるとして、上告人が国家賠償法一条一項により被上告人の被った損害を賠償すべき責任があるとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

附帯上告について

附帯上告が上告理由と独立した別個の理由に基づくものであるときは、当該上告についての上告理由書の提出期限内に原裁判所に附帯上告状を提出し、かつ、それまでに附帯上告理由書を提出することを要するものと解すべきところ(最高裁昭和三七年(オ)第九六三号同三八年七月三〇日第三小法廷判決・民集一七巻六号八一九頁)、本件附帯上告が本件上告理由と独立した別個の理由に基づくものであること及び本件附帯上告状が原裁判所に提出されたのは昭和五八年三月八日であり、上告指定代理人に本件上告受理通知が送達されたのは同年一月一一日であること、したがって、本件附帯上告状が右上告受理通知書が送達された日から五〇日を超えた後に提出されたものであることは、記録上明らかであるから、本件附帯上告は不適法として却下を免れない。

よって、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、九五条、八九条に従い、裁判官坂上壽夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官坂上壽夫の補足意見は、次のとおりである。

弁護人等と被疑者との接見交通権の重要性にかんがみ、法廷意見が「捜査の中断による支障が顕著な場合」について説示するところに関連して、一言所見を付け加えておきたい。

捜査機関が、弁護人等の接見申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であっても、その日の取調べを終了するまで続けることなく一段落した時点で右接見を認めても、捜査の中断による支障が顕著なものにならない場合がないとはいえないと思われるし、また、間近い時に取調べをする確実な予定をしているときであっても、その予定開始時刻を若干遅らせることが常に捜査の中断による支障が顕著な場合に結びつくとは限らないものと考える。したがって、捜査機関は、接見等の日時等を指定する要件の存否を判断する際には、単に被疑者の取調状況から形式的に即断することなく、右のような措置が可能かどうかについて十分検討を加える必要があり、その指定権の行使は条理に適ったものでなければならない。

(裁判長裁判官貞家克己 裁判官坂上壽夫 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

別紙代理人目録

仙谷由人   山田敏

野村侃靱   辻誠

山本忠義   尾崎陞

大塚一男   柳沼八郎

伊藤和夫   新井藤作

長谷川昇   大倉忠夫

高野尾三男  武田芳彦

武村二三夫  藤原精吾

松波淳一   島方時夫

田平藤一   金城睦

脇山淑子   菅原一郎

岩田広一   内田雅敏

竹之内明  八塩弘二

高野範城   杉山彬

木上勝征   本多俊之

福岡宗也   渡辺大司

芳永克彦   新美隆

青木仁子   佐藤典子

柏木博   北尻得五郎

関谷信夫   北山六郎

佐古田英郎  野宮利雄

野本俊輔   大川隆康

小高丑松   田代博之

田中幹夫   杉谷義文

田川和幸   寺沢弘

上田国広   柴田国義

清藤恭雄   鈴木宏一

沼田敏明   藤原充子

木川惠章   工藤祐正

杉野修平   小泉征一郎

若松芳也   小出良熙

安藤和平   上野勝

山崎惠   内藤隆

渡邉務   佐久間哲雄

鈴木淳二   高橋耕

関智文   庭山正一郎

海渡雄一   三上孝孜

虎頭昭夫   冨永敏文

前田裕司   的場徹

富永赳夫   井上庸一

幣原廣   滝本太郎

渡辺和義   渡部明

尾藤廣喜   矢島惣平

川上三知男  八重樫和裕

佐藤真理   石神均

今村俊一   向井一正

高橋敬幸   福井悦子

伊神喜弘   内藤義三

長屋容子   安井信久

服部優   二宮純子

稲垣清   小島隆治

花井増實   兵藤俊一

庄司宏   河合怜

長塚安幸   島田一彦

久保田康史  寺崎昭義

西畠正   糠谷秀剛

大高満範   齋木悦男

小嶋啓達   秋山泰雄

三竹厚行   杉浦豊

出口治男   坂元和夫

柴田茲行   平岩敬一

多比羅誠   高谷進

御園賢治   伊藤誠基

大久保和明  鍬田万喜雄

杉本昌純   伊藤公

久野忠志   南任

村上文男   伊藤保信

村岡啓一   山本秀師

福永滋   成田清

美奈川成章

上告代理人柳川俊一、同篠原一幸、同小野拓美、同石井宏治、同奥山時和、同安間雅夫、同木田正喜、同田村哲男、同中島正男の上告理由

上告人は、上告の理由を次のとおり明らかにする。

第一点 原判決は、刑訴法三九条三項の解釈を誤り、かつ、審理不尽、理由不備の違法を犯したものであり、これが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決は、「捜査機関が刑訴法三九条三項の接見の日時等について具体的指定をなし得るのは、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合に限定される」(原判決二一丁表四行目から七行目、ただし、・印は指定代理人が付記)との解釈に基づき、被上告人が勾留中の被疑者に接見のために魚津警察署に赴いたのが昭和四八年一〇月四日の「午後零時四〇分ころ」(原判決の引用する第一審判決二六丁表九行目)であり、また、同日の「昼すぎから」同被疑者の取調べが予定されていたこと(原判決の引用する第一審判決二八丁表九行目)を認定しながら「被疑者との接見の申入があった際、現に取調中であるなど前記の事情になかった当時の状況のもとでは、右接見を拒否しなければならないような事由があったとは認められないのであって、およそ捜査の中断による支障が顕著な場合ではなく、具体的指定をなし得る要件を欠いていることが明らかであった」(原判決二一丁表一〇行目から同丁裏四行目)と判示していることから、具体的指定をなし得るのは、被疑者を取調べ中であるなど捜査機関が被疑者の身柄を必要とする捜査行為を現に行っている場合に限られるとの解釈(以下「物理的限定説」という。)を採用したものと解さざるを得ない。また、原判決は、最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八二〇ページ(以下「最高裁判決」という。)を援用していることから、最高裁判決が、物理的限定説を採用していると解したものと認められる。しかしながら、具体的指定をなし得るのは捜査機関が現に被疑者の身柄を必要としている場合に限るとの原判決の解釈は、あまりにも狭きに失し、刑訴法三九条三項の解釈を誤り、また、最高裁判決の理解をも誤ったもので到底承服し得ない。

刑訴法三九条三項により「捜査のため必要がある」として指定権を行使し得る場合は、原判決のように被疑者を取調べ中であるなど被疑者の身柄そのものを現に利用して捜査を行っている場合にのみ限定されるものではなく、当該事件の内容、捜査の進展状況、弁護活動の態様など諸般の事情を総合的に勘案し、弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と被疑者の接見が無制約に行われるならば、捜査機関が現に実施、又は今後実施すべき捜査手段との関連で、事案の真相解明を目的とする捜査の遂行に支障が生ずるおそれが顕著と認められる場合をいうものと解するのが相当である。

以下、項を改めてその理由を述べる。

二 刑訴法三九条三項は、弁護人等と被疑者との接見又は書類若しくは物の授受をする権利(以下両者を合わせて「接見交通権」という。)と捜査の必要性との調整を図るための規定であり、その解釈に当たっては、刑訴法の究極の目的である実体的真実発見と刑罰権の迅速かつ適正な実現という使命を負っている捜査機関の捜査の必要性と身柄を拘束されている被疑者の防御活動に極めて重要な意義を有する接見交通権との調和を保持しなければならないところ、この調和点を求めるに当たっては、以下に述べるように、接見交通権と捜査権についての正当な法的位置付け、我が国の刑事手続における検察官の地位、役割と捜査手続上の制約、更にこれまでの我が国における捜査実務の実情等を考察し、刑訴法の文理にも即した的確な解釈が行われなければならない。

1 まず、接見交通権及び捜査権の法的位置付けについてであるが、接見交通権は、その直接の法的根拠を刑訴法三九条一項に置いているのであるから、接見交通権の行使が、同法の基本的な目的を損なうようなことがあってはならないことはいうまでもないところである。そこで、同法の基本目的をみるに、同法一条が、「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」と規定していることから明らかなように、我が国の刑訴法は、基本的人権の保障に十全の意を用いなければならないことを重要な前提としつつ、究極的には事案の真相すなわち実体的真実を明らかにし、これに基づいて適正かつ迅速に刑罰権を実現することを目的としているのである。したがって、基本的人権の保障の観点から接見交通権の重要性を強調する余り、事案の真相の究明とこれに基づく刑罰権の実現という刑事訴訟の究極の目的に支障をもたらすようなことがあってはならないことはいうまでもない。したがって、接見交通権の行使が、事案の真相の解明に支障をもたらすようなものである場合において、法は、当然被疑者の防御権行使に配慮しつつ、一定の制限がなされるべきことを予定しているのである。

接見交通権は、憲法三四条に由来する権利ではあるが、他方捜査の実施は、国家が本来的に有している刑罰権の実現の前提となるものであり、およそ接見交通権が捜査権に優越すると考えるのは誤りであり、あくまでも公共の福祉の維持、事案の真相解明、刑罰権の迅速かつ適正な実現という刑訴法の目的を損なわないよう捜査権との妥当な均衡と調和が考えられなければならないのである。

2 次に、接見交通権と捜査権との正しい調和点を見出すためには、我が国の刑事手続における検察官の地位、役割と捜査手続上の制約について考慮する必要がある。

我が国の刑事訴訟における検察官と被告人(被疑者)との関係は、民事訴訟における原告と被告との対立関係とは根本的に異なる。すなわち、検察官は、形式的には当事者の一方として刑事訴訟に関与するけれども、実質的にみれば、公益の代表者として、客観的な立場で公正誠実に職務を行うべき責務を負っているのである。そして、検察官は、公訴権を独占するとともに、起訴便宜主義の採用による広範な訴追裁量権を与えられている(刑訴法二四七条、二四八条)のであるが、公益の代表者として起訴、不起訴を決するに際しては、当然にその前提として、事件の実体的真実を明らかにし、十分な心証を形成するとともに情状面についても的確に把握することが不可欠であり、それ故に、我が国の検察官は、単なる公訴官にとどまらず、被疑者及び参考人の取調べを含め深く捜査にかかわる点に特色があるとされているのである(松尾浩也「現代検察論」現代の検察〔法学セミナー増刊総合特集シリーズ=16〕五ページ、横山晃一郎「司法と検察」同一八ページ、青柳文雄「日本の検察」同32.33ページ参照)。すなわち、検察官は、起訴、不起訴を決定するに至る捜査の全過程において、事件の実体的真実発見及び的確な情状把握という責務を有しており、これが我が国の刑事手続の基本として位置付けられているのである。周知のとおり、現に、我が国の検察官は必要に応じて直接被疑者及び関係参考人を取り調べるなど事案に即した捜査手段を尽くした上、有罪の確信がもてる場合に初めて公訴を提起し、また、その確信がもてる場合であっても、情状に至るまで綿密に審査して赦すべきものは赦すという細心な公訴権の運用を実施してきているのである。

かくして、我が国における刑事手続においては、事案に即して寛厳よろしきを得た公訴権の運用が図られるとともに、国際的に類例のない高い有罪率が維持されているのであって、このような実体的真実主義を基本とする綿密な捜査とそれに基づく細心な公訴権の運用については広く国民の理解と支持が得られており、ひいては国民が刑事司法に寄せている深い信頼の大きな要因の一つとなっていることは公知の事実である。

我が国の刑事司法においては、綿密な捜査とこれに基づく細心な公訴権の運用という形態が定着しており、これが国民の支持し、期待するところと認められるのであるが、他方、捜査手続をみると、いわゆる身柄事件については、被疑者の身柄の拘束が認められるのは、通常勾留期間が延長された場合でもわずか二三日間にすぎず、一方、関係者の供述を得る法的手段として、米国における大陪審手続のように、被疑者を含めて関係者の出頭及び供述を確保する手続はなく、例外的に起訴前の証人尋問を請求し得る場合を除き、専ら関係者の任意の供述を期待するほかないのである。我が国と刑事実体法の体系をほぼ同じくする西ドイツにおいては、起訴前の勾留期間は、原則として六箇月とされている上に、更新が認められることとなっており(西ドイツ刑事訴訟法一二一条一項、一二二条)、また、被疑者には検察官のもとへの出頭義務が、参考人には右出頭義務のほか供述義務があり(同法一六一条a一項、一六三条a三項)、検察官は、参考人の理由のない出頭拒否や供述拒否に対して一定の制裁を科することができることになっているのである(同法一六一条a二項、なお、藤永幸治「我が国の捜査実務は特殊なものか」判例タイムズ四六八号三六ページ参照)。また、フランスにおいては、予審判事による起訴前の勾留は四箇月であり(フランス刑事訴訟法一四五条二項)、重罪を犯した者のほか軽罪を犯した者であっても一定の前科のある者については、無制限に勾留を延長することができる(その余の軽罪犯については一回二箇月のみの延長が認められる。同条二項、三項)ことになっている。そして、重罪事件はもとより、軽罪事件であっても、起訴前の勾留が八箇月ないし一年にも及ぶことがあるのが実情である(本江威憙「フランス刑事手続法と日本法」刑事訴訟法の理論と実務〔別冊判例タイムズ七号〕一一〇ページ参照)。右のように、我が国の検察官は、公益の代表者として、綿密な捜査を主宰し、独占的な公訴権を細心に運用する厳しい責務を負っているにもかかわらず、捜査の期間、とり得る捜査手続等は極めて制約されているのであって、このことは、接見交通権と捜査権との調和点を考える場合に十分参酌されなければならない。

3 次に、我が国における捜査実務の実情についても十分な考慮が払われるべきである。

(一) 前述のとおり、我が国の検察官は、公益の代表者として被疑者あるいは被告人の人権にも十分配慮しつつ実体的真実の探求に努めているところであるが、実体的真実の発見といっても刑事事件は種々様々であり、一般的にいって、被害者等の供述あるいは物証により事件の全貌を把握し得る事件は、検察官による真相の解明も比較的容易であるが、具体的被害者が存在せず、かつ、被疑者相互により隠密裏に敢行される汚職事犯、選挙買収事犯及び背後関係の存在する集団事犯、組織事犯等については、被疑者の供述が主たる証拠にならざるを得ず、右供述について慎重に裏付け捜査を行って検察官自身が心証を確かめ、事案の真相に迫る方法によって捜査を遂行せざるを得ないのである。このような捜査過程において、検察官の捜査の進行状況等を配慮することなく、弁護人等の無制約な接見交通を認めれば、弁護人等がいかに善意であっても被疑者の供述と外部の者の供述が相互に伝達されることとなる場合があり、その結果、裏付け捜査によって、各供述の真否を確認することができなくなり、逆に真実と異なる口裏を合わせた供述が相互に合致することから検察官が誤った心証を固めることにもなりかねず、実体的真実の発見は極めて困難となるのである。いわんや、組織的犯罪で、その組織が総力を挙げて真相の隠ぺいに奔走している事案において、その意を受けた弁護人等の無制約な接見交通を認めるときは、限られた捜査期間内において真相を究明することがほとんど不可能となるのである(青柳文雄・五訂刑事訴訟法通論上巻一九八ページ注2参照)。このような事案についても、検察官としては、刑訴法によって認められた期間内に、接見交通権と捜査権との妥当な調和を図って適正な日時の指定を行いつつ実体的真実を発見することが同法の精神に沿うものであり、まさに、これが検察官の責務になっているのである。

(二) ところで、検察官が弁護人等の接見交通について指定権を行使するのは、前述のような特殊例外的な場合に限っており、身柄事件の内せいぜい一〇パーセント台とみられるのであって(河上和雄「検察実務からみた接見交通」法律時報五四巻三号一六ページ参照)、他の大多数の事件については、検察官は、弁護人等の自由な接見交通に何の制限も加えていないのが実務運用の実情である。

そして、検察官が具体的指定をした事件については、ときに準抗告による司法判断をも積み重ねて事件の内容・態様に応じた一定の慣行が出来上がり、実務法曹の間でそれが定着しているのである。このように、接見指定の運用は、捜査の必要性と弁護人等の接見交通権との均衡と調和の上に立って実務に定着しているのであって、一方的に捜査の必要性を抑制するような解釈はこの均衡と調和を破り、捜査ひいては刑事訴訟の本来の目的に重大な影響をもたらすものといわざるを得ないのである(松尾・前掲六ページ参照)。

なお、捜査官が一方的に指定権を行使するのでは接見交通権は有名無実化するとの議論があるが、捜査の流動性と密行性にかんがみれば、指定権の行使の要否は第一次的には捜査官の合理的裁量に委ねるほかなく、また、その行使は前述のように公益の代表者たる検察官が捜査の総括主宰者として被疑者の人権にも十分配慮しつつ行っているのであり、現実に、接見の申出があった際取調べ中であっても、弁護権あるいは被疑者の防御権に配慮して、場合によっては一時取調べを中断して接見を認めることも実務の運用においては少なくなく、また、仮に接見に関する検察官の措置に不服があれば、準抗告手続を通して裁判所の公正な判断を得る仕組みになっているのであるから、指定権の行使を捜査官の合理的裁量に委ねることによって、接見交通権が有名無実化するということはあり得ないのである。

4 以上述べたところから、刑訴法三九条三項により「捜査のため必要がある」として指定権を行使し得る要件は、捜査の目的の達成と防御権の保障の調和という観点からすべての事情を総合的に勘案して判断されなければならない性質のものであることは明らかであるが、更に、これを原判決のように極めて狭く、かつ、身柄の物理的必要性の有無という機械的、画一的な基準に従うべきものと解することがいかに不当であるか、また、かかる解釈に従うといかに不当な結果が生ずることになるかについて述べることとする。

(一) まず、原判決のいうように、捜査機関において、被疑者を取調べ中であるとか、実況見分等に立ち会わせているなど、現に被疑者の身柄を捜査上物理的に必要としている場合でなければ具体的指定の要件がなく、したがって、接見の時間を含めて何らの指定をもなし得ず、ひいては、その指定の要否の判断の余地もないとすると、現に被疑者の身柄を必要としていない場合には、そもそも具体的指定の要件自体がないため、たとえ一定の捜査計画による時間的順序に従って接近した時間帯に取調べ等が予定されていても、直ちに接見させなければならないばかりか、接見時間の制限、すなわち、「時間」の指定をすることも認められないこととなる結果、弁護人等の接見が続く限り、捜査官は取調べ等を行うことができないことにもなりかねない。また、このような場合、予定されている取調べの実施前に接見させるとしても、接見の時間については、少なくとも合理的な範囲内で指定できると解さなければ極めて不合理な結果を招来することは多言を要しないところである。原判決のような解釈によると、刑訴法三九条三項が日時、場所のみならず、「時間」の指定権を捜査官に与えていることの説明が不可能となるのであって、このことからも、現に被疑者の身柄が必要な場合でなければ指定権を行使することができないとする原判決の解釈が誤っていることは明らかである。

(二) 次に、接見の申出があった際、被疑者の身柄を必要としない捜査が予定されている場合においても、当該事案の内容、その真相を明らかにするための捜査方法、捜査の進展状況等によっては、被疑者と弁護人等との接見が無制約に行われることにより、予定している捜査が所期の目的を達し得なくなり、迅速適正に事案の真相を解明するという捜査の目的に照らし、捜査の遂行に支障を生ずる場合があるのである。

例えば被疑者から新たなアリバイの主張がなされたため、捜査機関において、その真否を確認すべく、被疑者の家族から事情聴取を行う準備をしている際、右家族の依頼を受けた弁護人等が接見を求めてきたとしよう。この場合において、直ちに接見が行われたとすれば、弁護人等は、当然接見後直ちに家族に対し、被疑者の主張の真否を確認するであろうが、その結果、捜査官が、その後に右家族から事情聴取をしたとしても、その供述が真実か否かにつき心証を得ることが困難となり、迅速適正に事案の真相を解明することを目的とする捜査の遂行に支障を生ずるものであることが明らかである(特に右家族が従前の捜査過程において、被疑者のためアリバイ工作をしていた者である場合には、いわゆる口裏合わせがより綿密に行われ、これを打ち破ることが極めて困難となる。)。したがって、このような場合には、被疑者と弁護人等との接見の日時を、被疑者の家族に対する事情聴取の終了後に指定することができるものといわなければならない。

同様の結果は、組織的犯罪において被疑者が共犯者の氏名や犯行の用に供した証拠物の所在場所を自白したため、右自白に基づき共犯者に対する逮捕状や右証拠物についての捜索差押令状を請求している際、弁護人等が接見を求めてきた場合においても生ずることがあり、直ちに接見が行われることにより、被疑者の供述が共犯者や証拠物の占有者に伝わり、弁護人等がいかに善意であろうとも共犯者の逃亡や証拠物の隠匿という事態が生ずるおそれがあることは明らかであって、この場合においても、被疑者と弁護人等との接見の日時を後刻に予定されている逮捕、捜索差押えに着手した後のある時点に指定することができるものといわなければならない。

(三) 次に、刑訴法の各条文に照らしても、原判決のような解釈が誤っていることは明らかである。

すなわち、刑訴法三九条三項は、「捜査のため必要があるとき」と規定し、「取調べのため必要があるとき」とは規定していない。刑訴法上「捜査」という概念は、同法一九八条、二二三条等の規定をみるまでもなく、「取調べ」をも包摂したより広い概念として用いられていることは明らかであるのに、「捜査のため必要があるとき」を、あたかも「取調べのため必要があるとき」と同義に解して、取調べ中等被疑者の身柄を現に必要としている場合のみに限定するのは、文理的にも不合理である。

また、刑訴法三九条二項によれば、接見交通権に関し、罪証隠滅等の防止のため法令で必要な措置を規定することができるとされており、これを受けた刑訴規則三〇条は、裁判所に対し罪証隠滅等の防止のため弁護人等と被告人又は被疑者との接見について、具体的指定権を与えており、このことと対比しても同法三九条三項による検察官の具体的指定の要件を捜査機関における被疑者の身柄の必要性のみに限定する解釈は不合理である。

更に、刑訴法三九条三項は、日時、場所のみならず、「時間」の指定権をも捜査官に与えているが、時間を指定し得るということは接見時間を制限し得ることを当然の前提とするものである。ところが、前記4、(一)において述べたように、捜査官により接見の具体的指定ができる場合を被疑者の取調べ中等その身柄を現に必要としているときに限定すべきものと解すると、たとえ後刻取調べの予定であっても、接見時間の制限はできないこととなり、この立場からは、およそ「時間」の指定ということはあり得ないことになるが、これは「時間」の指定を認めている刑訴法三九条三項の明文に明らかに矛盾するものである。

以上、刑訴法三九条三項の文理に即しても、原判決のような物理的限定説は到底とり得ず、上告人の主張するように解釈するのが相当であることが理解されよう。

5 以上の諸点を踏まえると、刑訴法三九条三項により指定権を行使し得る要件につき、原判決のように、被疑者を取調べ中であるなど被疑者の身柄を現に必要とする捜査を行っている場合のみを指すと解するのは極めて不当であることは明白であり、右の要件の存否は、被疑者の身柄の物理的必要性を唯一の基準としてその有無といった機械的・画一的基準のみによって判断されるべきものではなく、当該事案の性格、内容及び背景(当該事案が組織的、集団的あるいは計画的犯行であるか否か等)、当該事案の真相を解明するために必要な捜査の手段、方法(汚職事犯、選挙買収事犯等のように当該事案の真相を解明するためには専ら被疑者や関係人の供述によらなければ立証が困難である事案か否か等)、真相解明の難易度、捜査の具体的進展状況(証拠の収集がどの程度行われているか等)、被疑者の供述状況、関係人の捜査機関に対する協力状況(罪証隠滅工作をしているか否か等を含む。)、弁護活動の態様(弁護人のこれまでの接見状況等)等当該事案に係るすべての事情を総合的に判断した場合に、弁護人等と被疑者の接見が直ちに又は無制限に行われたとしたならば、捜査機関が現に実施し、又は今後実施することとなる被疑者、参考人の取調べ、証拠物の捜索押収等の捜査手段との関連で、迅速かつ適正に当該事案の真相を解明することが困難となるとき、すなわち、無制約な接見により事案の真相の解明を目的とする捜査の遂行に支障が生ずるおそれが顕著とあると認められるときをいうものと解するのが相当である。

6 刑訴法三九条三項を上告人のように解釈することは、原判決の援用する最高裁判決の趣旨に反するものではない。

すなわち、同判決は、警察官が警察署において現に被疑者を取調べ中に、弁護人が取調警察官に対し被疑者との接見を求めたという事例に関し、取調警察官が、弁護人に対し、被疑者留置規則二九条により専属的に指定権を有する捜査主任官の接見指定を受けるように要求したことの当否、及びその前提としての右被疑者留置規則の対外的効力が争点となり、その点に対する判断を示したにすぎないものである。そして、同判決が、刑訴法三九条三項を「身体を拘束された被疑者の取調については時間的制約があることからして、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため」の規定であるとの基本的見解を示しながら、「現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証に立ち会わせる必要等捜査の中断による支障が顕著な場合」との文言を用いたのは、当該事例が現に取調べ中であったことから、当該事例に即して捜査の中断による支障が顕著な場合を例示したものと理解するのが自然であり、このことは、そのような「場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防御のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。」と判決文が続くことから明らかである。同判決は、そのような際における捜査機関の採るべき措置についての判断を示したものである。

すなわち、同判決は、具体的指定の要件を網羅的に判示したものではなく、当該事案との関係でその一部を例示したにすぎず、他に具体的指定をなし得る事例が存することを否定するものではない。

したがって、同判決は、捜査機関が現に被疑者の身柄を必要としている場合以外における接見指定の要件については判断を示していないとみるべきであって、具体的指定の要件を上告人のように解釈することは、同判決の趣旨に反するものではないのである。

なお、同判決について、最高裁調査官も「被疑者の取調べを開始しようとしているとき、また検証等に同行しようとしているとき、あるいは具体的取調べなどの予定がされていてその機会を外しては参考人の取調べなどの関係から真実発見の妨げになることが予測されるときなどは含めてよいであろう。いずれにせよ、事件の難易度、捜査の進行状況、弁護人等の弁護活動の態様等具体的事情をも勘案し、慎重な吟味が必要であろう。」と解説しているのである(最高裁判所判例解説〔民事篇〕昭和五三年度二七七ページ)。

ところが、原判決は、冒頭摘記のとおり、被疑者の取調べが予定されていたことを認定しながら、取調べ中であるなど捜査官において現に被疑者の身柄を必要としていた事情がなかったことを理由に、具体的指定の要件を欠いていると判示しているが、これは、右最高裁判決の理解を誤り、具体的指定の要件を不当に狭く解釈したもので、到底承服し難いところである。

三 次に、原判決は、本件について、「接見を拒否しなければならないような事由があったとは認められない」(原判決二一丁裏一行目から二行目)と判示しているが、これは刑訴法三九条三項の解釈を誤った結果、審理不尽、理由不備の違法を犯したものである。

すなわち、刑訴法三九条三項により「捜査のため必要がある」として指定権を行使し得る場合は、前記二で指摘したとおり、当該事件の内容、捜査の進展状況、弁護活動の態様等諸般の事情を総合的に勘案し、弁護人等と被疑者の接見が無制約に行われるならば、捜査機関が現に実施し、又は今後実施すべき捜査手段との関連で、事案の真相解明を目的とする捜査の遂行に支障が生ずるおそれが顕著と認められる場合をいうものと解するのが相当であるので、本件における具体的指定の要件の有無の判断に当たっては、被疑者の犯した本件建造物侵入及び強要の動機、態様、共犯者の人数、共謀及び実行行為の状況等はどのようなものであったか、右被疑事件は組織的、集団的あるいは計画的な犯行であったか、そして、その中において被疑者はどのような役割を果たしていたか、右被疑事件を解明するためには、専ら被疑者や共犯者等の供述に頼らなければならなかったか、共犯者や参考人等の取調べがどの程度実施されていたか、被疑者が黙秘していたか、否認していたか、あるいは自白していたか、共犯者や参考人等が取調べに協力していたか、被疑者を支援する労組が組織的に捜査妨害や罪証隠滅工作をしていたか、被上告人は、当該組合とどのようなかかわり合いを持ち、いかなる態様で接見に来たのか、他の弁護人は既に被疑者と接見していたか等の諸事情について十分な審理を尽くした上で判断すべきである。しかるに、原判決は、前記二で述べたとおり、刑訴法三九条三項の解釈を誤り、その結果、これらの諸事情について十分な審理を尽くさず、本件においては具体的指定の要件がないと速断したものであって、原判決は、右の点において、審理不尽、理由不備の違法を犯したものであり、これが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。

ちなみに、本件事案について右の点を考察してみるに、被上告人は、建造物侵入、強要の被疑事実により魚津警察署留置場に勾留されていた被疑者との接見を求めたものであるが、右被疑事件は、日本カーバイト株式会社の経営合理化に関して生じた労使紛争の渦中において、同社魚津工場内において発生したものであり、事件当日、組合員らが多数押しかけて来るのを察知した同工場製造部長が、同部長室の内側から施錠をしていたところ、被疑者を含む組合員約六〇名が右部長室の引戸を取り外して室内に乱入し、長時間にわたり、同部長に暴行を加えた上、同部長に対し、訴外組合員に係る傷害被告事件(右経営合理化に対する反対闘争中に訴外組合員が右製造部長に対し加療一箇月の傷害を与えたというもの)の告訴取下げを内容とする書面を作成するように強要したというものである。そして、右組合は、右被疑事件が、組合の行為としてなされたことを公言していたのである(以上の事実については、原審において主張・立証したところである。上告人に原審における昭和五七年一一月一〇日付け準備書面(六)七丁裏から一〇丁表、〈証拠〉参照。)。したがって、右被疑事件は、先行する訴外組合員に対する傷害被告事件の罪証隠滅工作を組織的、集団的に行ったものとみることができるのであって、右のような事情からすれば、再び組織的に罪証隠滅が行われるおそれが顕著であったのである。

次に、右被疑事件は、多数人による組織的犯罪であったので、被疑者の外形的行為の解明にとどまらず、これに関与した者の共謀の時期、内容、関与の程度等を明らかにすることが必要不可欠であり、そのため、被疑者及び共犯者と思料される組合側関係者の取調べが捜査上極めて重要であったのである。しかるに、本件では、共犯者と思料される組合員はもとより目撃者と思料される組合員も組合組織を挙げて取調べに応じなかったばかりか、組合においては、街頭宣伝車を使用して、勾留中の被疑者に対し、「最後までがんばれ。日カバ労組は万全の対策をととのえたぞ。」「警察の弾圧に屈するな。」などと呼びかけ、被疑者に対し黙秘を続けるよう鼓舞激励する行動に出るとともに、罪証隠滅工作が進んでいるとも受けとめられるメッセージを送っていた状態であり、被疑者以外の者から共謀状況等を明らかにすることはできなかったのである。そこで捜査官は完全黙秘していた被疑者を連日取り調べ、被上告人が接見等を申し出た当日は担当警察官と主任検察官において、それまでの捜査について十分検討を加えた上で、同日昼過ぎから被疑者の取調べを予定していたものであって、難航していた捜査の打開を図るため極めて重要な段階にあったのである。そこへ弁護人とはいえ、被疑者と同一労働組合に属する被上告人が、検察官に何ら連絡をすることなく、組合役員を帯同して接見を求めて訪れたものである。しかも、被疑者については、その三日前に、野村弁護人が接見していたのである(以上の事実については、原審において主張・立証したところである。上告人の原審における昭和五七年一月二五日付け準備書面(四)一二丁裏から一三丁表、前掲準備書面(六)一一丁表から一二丁表、〈証拠〉一審における羽黒証人調書六丁表から八丁表、同安田本人調書七丁裏から九丁表、一〇丁裏、一七丁裏から一八丁裏、同書上本人調書〔昭和五〇年一一月七日分〕五丁表から一〇丁表、同被上告人本人調書四丁表、五三丁表から五四丁裏参照)。したがって、右のような段階において、弁護人による無制約な接見を認めることは、ますます真相の解明を遅らせることとなり、捜査にとって極めて重大な支障となることは明らかであったのである。このような場合に、事前に何らの連絡もなく勾留場所へ赴いた弁護人に対し、予定されていた被疑者の取調べを考慮して、接見につき他の日時を指定しようと考えたことは検察官として当然のことであり、このような場合にも具体的指定をすることができないと解するならば、迅速適正な真相の解明という刑訴法の目的が著しく阻害され不当な結果を招来することは明らかである。

四 次に、原判決は、検察官が被上告人に対し、具体的指定書の交付を受けるため富山地方検察庁まで来庁するように求めた点について、「少くとも接見を求めて勾留場所に赴いてきた弁護人に対し相当な方法を採ったものとはいうことができ」ない(原判決二三丁表七行目から九行目)と判示しているが、これは、刑訴法三九条三項の解釈を誤り、かつ、審理不尽、理由不備の違法を犯したものである。

すなわち、刑訴法三九条三項は検察官の具体的指定権の行使の方法について特に定めていないのであるから、同法は指定権者である検察官に対しその方式の選択を任せたものと解すべきところ、具体的指定書による指定の方法は、手続の明確性を確保するとともに、接見場所での無用のトラブルを防止し、弁護人の接見交通の円滑化を図り、更には、不服申立てがあった場合の審判の対象を明確にする等の利点があり、極めて合理的な方法である。そして法務大臣訓令事件事務規程二八条によってその様式が定められ、実務上もこれが定着しているのであって(〈証拠〉)、多くの裁判例において、その有用性、適法性が肯定されているところである(神戸地裁昭和四六年七月六日決定・判例時報六三九号一一二ページ、東京地裁昭和四七年六月一五日決定・判例時報七〇八号一〇二ページ、東京地裁昭和四七年六月二四日決定・同ページ、東京地裁昭和四七年一〇月四日決定・同ページ、東京地裁昭和四八年六月九日決定・同ページ、東京地裁昭和五七年一一月三〇日決定・昭和五七年(む)一〇七二号等参照)。

そこで、検察官は、被上告人に対し、原則的な指定方法として、書面による指定をなすべく、具体的指定書を取りに来るよう伝えたのであって、このような指定方法自体は、何ら違法なものではないのである(前掲神戸地裁昭和四六年七月六日決定、同東京地裁昭和四七年六月一五日決定、同東京地裁昭和四七年一〇月四日決定、同東京地裁昭和五七年一一月三〇日決定参照)。

しかるところ、接見の具体的指定の問題は、前述したように、接見交通権と捜査権との限界に関する微妙な問題であるから、検察官の具体的指定の方法について、その適否を判断する場合においても、当該事案における具体的諸事情を十分に考察した上で、その指定方法の適否を判断すべきものである。

したがって、本件においても、被疑事件の内容、捜査の具体的状況はもとより、当日の取調べが何時ごろまで行われる予定であったか、検察官はいつの時期に具体的指定をするつもりであったか、検察官は接見を求めに来た弁護人がいずれの弁護士会所属の弁護士であると考えていたか(富山市在住の弁護士と考えていたか)、弁護人は検察官に対して協議を申し入れる意思を有していたか、あるいは検察官の協議の申入れを当初から一切無視する意思であったか、警察官は弁護人に対して検察官に協議をするよう便宜を与えたか、検察官は弁護人から協議の申入れがあれば、富山地方検察庁魚津支部検察官事務取扱副検事をして具体的指定書を交付させる意図を有していたか、またそのような前例があったか等の諸事情について審理を尽くした上で、検察官の採った措置が違法であるか否かを判断すべきであったのである。

しかるに、原判決は、これらの点について十分な審理を行わず、検察官が被上告人に対して魚津警察署から富山地方検察庁まで出向くように求めた一事をもって、右のような検察官の行為は違法であると速断したものであって、原判決は、右の点において、刑訴法三九条三項の解釈を誤り、かつ、審理不尽、理由不備の違法を犯したものであり、これが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。

ちなみに、本件事案について右の点を考察してみるに、検察官は、本件については、前記三記載のとおり、具体的指定の要件を具備していた上、当日の取調べが終日にわたる予定であったことから、接見の日時を翌日以降に指定するのが妥当と判断し、かつ、被上告人が富山在住の弁護士で、当日中には富山市に帰って来ると認識していたことから、具体的指定書を取りに来るよう求めたのであって、検察官の行為には、何ら違法のそしりを受けるものはないというべきである。しかも、検察官は、仮に被上告人において時間的余裕等がなく検察官の求めに応じ難いときは、その旨を電話で申し出れば、具体的な接見等の日時を富山地方検察庁魚津支部検察官事務取扱副検事に指示し、同人をして具体的指定書を交付させることも考えていたのであり、現に本件接見申出の三日前には、被疑者の弁護団の一員であった野村弁護人の接見申出に対して、そのような方法が採られたのである。

他方、被上告人の行為についてみると、およそ、権利は誠実にこれを行使し、乱用してはならない(刑訴規則一条)ところ、このことは、接見交通権についても同様であり、被上告人が真実、速やかな接見を希望していたのであれば、いかなる指定方法を希望するか等について当然指定権者である検察官と直接連絡をとるべきであったものといわねばならない。特に本件においては、被上告人は、検察官の指示内容を警察官から聞いた後、警察官が「電話をお貸ししますから警察電話で担当検事に聞いていただきたい……」旨述べたにもかかわらず、検察官の伝言内容を書面にして交付するよう求めるばかりで、警察電話を利用して検察官に連絡をしようともしなかったのである。接見等について事前に協議する実務上の取扱いは、本件当時全国的に定着していたものであり、被上告人は、本件当時二年余の弁護士経験を有し、接見交通に関するいわゆる一般的指定及び具体的指定についての検察実務の運用について知悉していたものとみられるから、仮に時間的余裕等がないため富山地方検察庁まで出向けない場合は、その旨電話で協議を求める程度の誠実な努力をなすべきであったのである(以上本項に掲記の事実については、原審において主張・立証したところである。上告人の前掲準備書面(六)三丁裏から五丁表、乙第一四号証、前掲安田本人調書一二丁裏から一三丁裏、前掲書上本人調書一二丁表から一三丁表参照)。

以上によれば、検察官の措置はいずれの点においても適法であったというべきであり、これを違法とした原判決は、刑訴法三九条三項の解釈を誤り、かつ、審理不尽、理由不備の違法を犯したものであり、これが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。

第二点 原判決は、検察官には、違法な処分をしたことにつき過失がある旨判示するが、これは、国家賠償法一条の解釈適用を誤り、採証法則及び経験則違背並びに審理不尽、理由不備の違法を犯したものであり、これが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。

一1 まず、原判決は、検察官が、被上告人に対し、魚津警察署から富山地方検察庁に出向き具体的指定書の交付を受けてこれを持参しない限り接見を許さない旨の処分をなしたものと認定判断した上、「ひっきよう右被疑事件につき具体的指定をなし得る要件が具備されているか否かの検討を欠いた点において過失のある違法な処分に該る」(原判決二一丁裏八行目から一〇行目)とし、また、検察官において「具体的指定の要件の存否について慎重な検討をなしたことを認めるに足りる証拠はな」い(原判決二二丁裏末行から二三丁表二行目)と判示する。

2 しかし、検察官は、本上告理由書第一点三記載の事実に即して具体的指定の要件の具備いかんについて検討したものであってこのことは、〈証拠〉及び前掲書上本人調書九丁表から一二丁表によって明らかなところである。また、本上告理由書第一点二、2、3において述べたところから明らかなように、およそ我が国の検察官が具体的指定の要件の有無を全く検討しないで具体的指定をするなどということは経験則上あり得ないことである。しかるに、原判決は、検察官は具体的指定の要件の具備についての検討を欠いたと認定しているのであって、この点は採証法則及び経験則に違反したものというべきである。

3 次に、原判決としては、検察官が本件においてとった解釈を誤りと判断した場合においても、検察官がそのような解釈をしたことについて過失があったか否かを判断すべきであるのに、この点について何らの判断を示していないのであるから、この点は審理不尽、理由不備というべきである。すなわち、昭和四八年当時、「捜査のため必要があるとき」の要件について、被疑者を取調べ中ないしそれに準ずる場合に限ると解する見解もあったが、罪証隠滅の防止を含む捜査全般の必要性をいうものと解する見解も有力に主張されていたものであって、このことは、例えば、出射義夫・法律実務講座刑事編第三巻六二〇ページ、高田卓爾「刑訴三九条三項による指定」判例評論三号二一ページ、伊藤榮樹「刑事訴訟法演習講座(四)」警察学論集一八巻六号一〇三ページ、大津丞「接見指定をめぐる問題点」法律のひろば一九巻一〇号七・八ページ、中武靖夫・注解刑事訴訟法上巻一一二ページ等の学説、札幌高裁昭和二五年一二月一五日判決・高裁刑事判決特報一五号一八八ページ、福岡地裁昭和三〇年七月二七日決定・判例時報六〇号二六ページ、福岡地裁昭和三〇年八月六日決定・判例時報六〇号二六ページ、福岡高裁昭和三一年二月一四日判決・高裁刑事裁判特報三巻六号二一四ページ、大阪高裁昭和三八年一〇月二二日判決・大阪高裁刑事判決速報昭和三八年四号一〇ページ、広島地裁昭和四七年二月二六日決定・判例時報六六八号九八ページ等の裁判例を見れば明らかなところである(なお、当時、この点に関する最高裁の判決例は存在しなかった。)。

また、仮に、本件当時、「捜査のため必要があるとき」を、被疑者を取調べ中ないしそれに準ずる場合と解する立場を採るべきであったとしても、本件のように「これから被疑者の取調べを開始しようとしているとき」が取調べ中に準ずる場合として右の要件に該当するということは十分に考えられるところである(原判決の援用する最高裁判決についての最高裁調査官の解説も、「これから被疑者の取調べを開始しようとしているとき」は「現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合」に含ませてよいとしているのである(最高裁判所判例解説〔民事篇〕昭和五三年度二七七ページ))。

ところで、「ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに右公務員に過失があったものとすることは相当でない」(最高裁昭和四六年六月二四日第一小法廷判決・民集二五巻四号五七六ページ、同旨、最高裁昭和四九年一二月一二日第一小法廷判決・民集二八巻一〇号二〇二八ページ)とされているのであるから、原判決が検察官の法律解釈を誤りであるとする場合には、原判決としては、当然、検察官が法律解釈を誤ったことについて過失があったか否かを判断すべきであったのである。しかるに、原判決は、この点について全く判断を示さず、直ちに検察官には過失があったと速断したものであって、原判決は、この点において、国家賠償法一条の解釈適用を誤り、かつ、審理不尽、理由不備の違法を犯したものである。

二 次に、原判決は、検察官が被上告人に対し、具体的指定書の交付を受けるために魚津警察署から富山地方検察庁まで出向くように求めたことは、「少くとも接見を求めて勾留場所に赴いてきた弁護人に対し相当な方法を採ったものとはいうことができず、その点における過失も否定することができない」(原判決二三丁表七行目から九行目)と判示している。

しかしながら、検察官は、具体的指定の方法について、本上告理由書第一点四において述べたような法律解釈に立ち、被上告人に来庁を求めることが適法と考えていたのであるから、直ちに検察官に過失があったということはできないものである。

しかるに、原判決は、具体的指定の要件及び方法に関する検察官の解釈が誤りであるとしただけで直ちに過失を認定したものであって、原判決は、この点において、前項の3において述べたところと同じ理由により、国家賠償法一条の解釈適用を誤り、かつ、審理不尽、理由不備の違法を犯したものである。

以上によれば、原判決は、国家賠償法一条の解釈適用を誤り、かつ、採証法則及び経験則違背並びに審理不尽、理由不備の違法を犯したものであり、これが判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。

附帯上告人及び附帯上告代理人仙谷由人、同山田敏、同青木仁子、同佐藤典子、同野村侃靱の上告理由〈省略〉

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